「シルクは、肌にやさしい」は本当か?絹糸屋の解説・シルク考。
おはようさん(養蚕)どす。京都西陣絹糸問屋・中忠商店のWEB番頭でございます。
さて、本日は「シルクは肌にやさしい」についてのお話です。
「シルクは、お肌にやさしい繊維です。」と、シルクの販売サイトには様々な理由を付けて記載されていますが、本当のところはどうなんでしょうか?
今回は、
・そもそも「肌にやさしい」とは?
その1:肌への負担が少ない。
その2:肌を快適に保つ。
その3:肌へ良い効果を付与する。
・終わりに
などについて、京都西陣絹糸屋のWEB番頭・TES(繊維製品品質管理士)が解説いたします。
そもそも、「肌にやさしい」とはどういうことか?
まず初めに、「肌にやさしい」という漠然とした表現を分解し、
1:肌への負担が少ない(マイナスではない)
2:肌を快適に保つ(ゼロを維持する)
3:肌へ良い効果を付与する(プラスを付与する)
という3つの要素で構成されている、と定義します。
このなかで、シルクが「肌にやさしい」といえるのは、「1:肌への負担が少ない」「2:肌を快適に保つ」の要素が主で、「3」の良い効果をプラスするという要素は少ないと考えられます。
その1:「肌への負担が少ない」とは?
では、シルクは本当に「肌への負担が少ない」繊維なのでしょうか?
答えは、「YES」です。
ただし、その他の繊維と、繊維同士で比べると、という注釈が必要です。
製品化の方法や、後処理の方法によっては、必ずしも繊維特性通りの結果とはならないこともあるため、注釈付きでの結論となります。
・素材構成面からの解説。
シルクは、様々なサイトに記載のある通り、「18種類(※)のアミノ酸で構成されており」人の肌に近い構成となっています。(18種類の詳細はこちら。参照サイト:シルクアミノ100EX)
※20種類、と記載のあるサイトもありますが、おそらく人の体を構成する「20種類のアミノ酸全部」との混同かと思われます。
その意味で、人の肌の構成と根本的に異なる「綿・麻(植物)」や、それらを再生して生産した「レーヨン、キュプラ、リヨセルなどの再生繊維」、石油由来の「ナイロン、アクリル、ポリエステルなどの合成繊維」に比べると、人の肌に余計な負担をかけることがありません。
・形状面からの解説。
シルクはその繊維表面が滑らかで、極細の繊維が集まってできています。
従って、固い繊維で肌を傷つけたり、ごわごわと摩擦することもありません。滑らかで柔らかい繊維のため、肌との摩擦・抵抗が少ない繊維と言えます。
これらのことから、シルクは「肌にマイナスを与えない」繊維と言えます。
その2:「肌を快適に保つ」とは?
では、シルクが「肌を快適に保つ」とはどういうことでしょうか?
「肌が快適な状態」を、
A:適度な湿度で不快でない
B:乾燥しない
C:外的刺激によって傷つけられない
状態と定義します。
この状態を保つ性質があるかどうか、という意味においては、シルクには「肌を快適に保つ性質がある」と断言できます。
A:適度な湿度で不快でない
この記述もよく見られる記述ですが、
シルクには「綿の1.3~1.5倍の吸水性と綿の1.3倍の発散性があります。」
数値はサイトによってまちまちですが、厳密にいえば、「吸水性」と「吸湿性」は異なる概念で、シルクについては「吸湿性」に優れていると結論づけるのが正しいと判断します。(「吸水性」がないとは証明できていませんが、経験上、綿よりも水滴を良く吸う、というシルクを見たことがありません。)
当店が検査機関で取得したデータ(2020年3月31日取得)では、
>24時間吸湿率
>綿:10.2%
>絹:12.6%(綿の1.23倍)
>24時間放湿率
>綿:0.7%
>絹:1.4%(綿の2倍)
の数値となりました。
シルクの繊維が、綿と比べて、湿度(水滴でなく、水蒸気)を、「よく吸い」「よく吐く」ということがご理解いただけたかと思います。
B:乾燥しない
シルクが、被服内の湿度を快適に保つことは理解したが、そもそも乾燥状態では、意味がないのでは?という疑問。
はい、その通りです。
シルクは、繊維としての公定水分率(※標準状態の繊維内の水分量の比率のこと)が「12.0%」で、繊維の中に水分を持ちやすい繊維(親水系)のため、繊維そのものとして「乾燥しにくい」繊維となっています。
従って、繊維の中に水分を多く保持できるため、被服内水分も逃がしにくく、肌表面も「乾燥させにくい」特性のある繊維といえます。
ちなみに、その他の公定水分率は、
・綿 8.5%
・麻 12.0%
・シルク 12.0%
・羊毛 15.0%
・レーヨン 11.0%
・ナイロン 4.5%
・ポリエステル 0.4%
・アクリル 2.0%
などとなっています。(出典:『繊維製品の基礎知識』社団法人 日本衣料管理協会刊行)
C:外的刺激によって傷つけられない
肌を傷つける外的要因を、「摩擦」と「紫外線」と定義します。
「摩擦」については、「1:肌への負担が少ない」の項で書いた通りで、シルクは摩擦が起きにくい繊維です。
「紫外線」とシルクの関係については、別の記事で、実際のデータも交えて詳しく書きましたが、シルクには紫外線を吸収する効果があります。(「シルクの紫外線対策効果、ほんとのところ。」)
ここまでの内容で、シルクは「肌の快適な状態を保つ」繊維と言うことができます。
その3:肌へ良い効果を付与する(プラスを付与する)
「その3:肌へ良い効果を付与する」という分野については、シルクにそこまでの効果はありません。
繊維そのものに、肌に移って潤すような油分(椿、オリーブ、ナッツオイル)や、保水力のあるコラーゲンなどが多量に含まれているわけでもありません。
あえて挙げるとすると、精練前(未精練)のシルク(※)糸に多量に残っている「セリシン」が水溶性(汗や不感蒸泄によって溶け出して、肌に移る)の美容成分のため、それが肌に移っていくことで、保湿性を高める効果がある、ということが言えます。
※シルクの糸は、「セリシン」が30%、フィブロインが70%で構成されています。「精練(せいれん)」によって、セリシンをほどんど除去してしまいます。
より厳密にいえば、「セリシン」を構成する「セリン」(セリシンの30%を構成)というアミノ酸の効果で、
「細胞膜の構成成分であるホスファチジルセリンの原料として重要なアミノ酸です。 セリンは角質層では最も多いアミノ酸成分です。 肌の水分量を保つために重要な保湿成分の1つであり、同じく肌の保湿成分であるグリシンの原料にもなります。」(協和発酵バイオ株式会社のサイトより引用)
という効果があります。
この点でのみ、シルクは「肌に良い効果を付与する」繊維と言ってよいかと思われます。
終わりに メリット訴求はほどほどに。
今回は、そもそも「肌に良い」というのはどういうことか、という観点からシルクの良さを考えてみました。
ひとくちに「肌に良い」と言っても、その様態も機能の発揮の仕方も異なります。本当に乾燥がひどい場合には、クリームなどで油分や保水力を補給することが先決ですし、炎症がある場合には、医薬としての「抗炎症作用」のある薬剤が必要になります。
その意味では、シルクには「対症療法(症状に応じてすぐに効き目がある)的な効果」はなく、「その他の繊維に比べて肌環境に良い」「肌への刺激が少ない」「快適に保護できる」という範囲にとどめておく方が、訴求記述としては適正範囲ではないでしょうか。メリットの訴求も、ほどほどに。
最終的に、商品を選ぶのは、購入される皆様です。
過剰訴求の内容に、過度に期待されることなく、ご自身のコンディション・考え方に応じて、ご自身に合った最良の選択をされることを願っております。